パソナインドネシアです。今日は、スラバヤ市の英雄記念碑をご紹介します。
11 月 10 日は、独立支持のインドネシアの兵士と民兵がイギリス軍とオランダ軍と戦った 1945 年のスラバヤの戦いを記念して英雄の日として祝われます。もちろん、スラバヤの戦いの場所は、植民地主義に対するインドネシアの歴史において重要な意味を持っています。したがって、その場所に英雄記念碑と呼ばれる記念碑が建てられました。英雄記念碑は建設当初、スラバヤ市役所によって施工され、その後インドネシア・エンジニアリング公社、そしてサロハ請負業者によって継続されました。建設に10か月を要したこの記念碑は、1952年11月10日にスカルノ大統領によって発足されました。1988年には、博物館の建物、入り口、彫像、闘争レリーフを備えたトゥグ・パラワン広場の整備が始まりました。それ以来、記念碑の南側の広場は、式典や国家活動の場としても使用されてきました。英雄記念碑は、2.9 ヘクタールの敷地に高さ 41.15 メートルで建てられました。この記念碑は、11の部分(階層)で構成されており、すべて鉄筋コンクリート製です。記念碑の先細りの上部には、赤いライトと避雷針が装備されています。上下に金色のタンパル型の装飾が施されています。記念碑の底部の直径は 3.1 メートル、上部の直径は 1.3 メートルです。この記念碑は、平面が10面体であり、その表面は垂直な曲線を描いています。 10 と 11 という数字は、1945 年 11 月 10 日に起こった出来事を象徴しています。英雄記念碑の深さ 7 メートルのエリアの下には、スラバヤで戦った英雄の功績を記念する博物館があります。この博物館には、英雄記念碑の建設を記録した写真も展示されています。この博物館は、2000 年 2 月 19 日に K.H. アブドゥルラフマン・ワヒド大統領によって開館されました。
これで、パソナインドネシアを終わります。明日も、他の素敵なトピックで、またお会いしましょう。